概要
本ブリーフィングドキュメントは、「二次電池HILS実装手法」と題されたソースに
基づいて、ビー・テクノロジーのSPICE等価回路モデルをHILS
(Hardware-in-the-Loop Simulation)環境でリアルタイムに模擬するための
主要なテーマ、重要な概念、および具体的な実装方法についてレビューします。
特に、FPGAとマイコンを組み合わせた独自構成のHILSにより、BMS(Battery Management System)回路およびインバータ回路の評価・実験を目的とし、
±10Aまでの出力模擬とマイクロ秒オーダーのリアルタイム性能を達成するための
要件とアプローチに焦点を当てます。
主要テーマと重要な概念
この文書の主要テーマは、二次電池モデルをHILS環境でリアルタイムに模擬する
ための包括的なアプローチです。これには、モデルの変換、ハードウェア実装、
電力インターフェース、およびBMSやインバータとの接続における過渡応答の
再現性が含まれます。
- SPICEモデルからリアルタイム動作モデルへの変換:
- 等価回路モデルの数式化: BeeTech社のSPICE等価回路モデルは、
- RCネットワークや依存電源を用いて電池の充放電特性、内部抵抗、
- 容量を再現します。「充電特性と放電特性」を考慮し、必要に応じて
- 温度特性や劣化特性も付加可能。
- 状態空間モデルの導出: SPICEネットリスト(等価回路)から、
- 微分方程式のセットである「状態空間モデル」を導出します。
- 典型的には、1~3個のRCネットワークと直列抵抗、開回路電圧
- (OCV)で構成され、最近の研究では「3つのRCブランチ+
- 直列抵抗R0、起電力EMF(OCVに相当)とヒステリシス電圧
- ΔVで構成される三次の電池等価回路」が提案されています。
- 離散時間モデルへの変換: 導出された微分方程式を、HILSで
- 固定周期の数値積分を行うために「離散化」します。一般的には、
- 安定性と精度を考慮して「台形(Trapzoidal)積分」が用いられ、
- 連続時間のSPICEモデルが「差分方程式(C言語やHDLで実装し
- うる形式)」に変換されます。
- モデル簡略化と検証: リアルタイム連成を考慮し、モデルは簡潔に
- する必要があります。「二次電池モデルでは1~3次のRCネットワ
- ークが一般的な折衷点」です。オフラインのSPICE
- シミュレーション結果と離散モデルの出力を比較し、検証・
- チューニングを行います。
- FPGA・マイコン上でのモデル実装とリアルタイム性能の確保:
- 固定小数点演算への変換: FPGAでの高速演算のため、「固定小数
- 点数」による実装が多用されます。各変数のスケーリングを決定し、
- 十分な精度を保てるビット長を設計します。非線形なOCV-SOC
- 特性や内部抵抗の温度依存性は「ルックアップテーブル」で実装
- します。
- サンプリング周波数とリアルタイム制御: シミュレーションの
- 刻み時間(タイムステップ)は「マイクロ秒オーダー」に設定
- されます。インバータなどとの連成を考慮し、「1μs程度(
- =1MHz)の演算更新」が望まれます。FPGAは並列処理に優れ、
- 「10 ns程度の基本クロック」での内部演算パイプライン構成が
- 可能です。
- 数値安定性とオーバーフロー対策: 固定小数点演算における桁
- あふれ(オーバーフロー)や丸め誤差に注意し、適切なスケー
- リングとビット幅を決定します。積分器のオーバーフロー防止
- のため、SOC計算は定期的にリセットしたり、積算値を上下限
- でクランプするなどの対策が有効です。これにより「モデルを
- FPGA上でオフラインモデル同等の精度で安定動作」させる
- ことが可能です。
- 高速D/A出力と±10A電流出力を実現する電力段:
- 四象限対応のパワーアンプ: 電池の充放電を模擬するため、
- 「二象限/四象限アンプ(ソース・シンク両対応の電源)」
- が必要です。「±10Aまで電流を出力・吸収できる双方向の
- DC電源」またはパワーアンプが求められます。
- 高速応答の要件: 目標とする「マイクロ秒オーダーの過渡応
- 答」や広帯域ノイズ重畳を実現するためには、高速なパワー
- アンプの選定が不可欠です。例として、Teseq社のPA5740
- (「±60V/±10A連続出力」対応、帯域180kHz)が挙げら
- れます。
- 電流制御モードと安全機能: バッテリHILSでは電圧源と
- して振る舞いますが、モデル計算上の内部抵抗成分によって
- 電流フィードバックがかかる制御系となります。BMS試験
- における「安全インターロック」が重要で、過大電流・電圧
- の出力遮断や、リレーや高速電子ブレーカによる保護回路が
- 考慮されます。
- BMS・インバータへの接続方法と過渡応答再現の工夫:
- BMSへの接続(多セル電圧のエミュレーション): BMS回路
- のHIL試験では、複数チャンネルのD/A出力を用いて「セル
- ごとの電圧を模擬」します。市販のHILS装置では「高分解能
- (20bit)DAC」や「セルごとに±6V程度の出力レンジ」、
- および「チャンネル間絶縁やスタック構成」が特徴です。
- BMSのセルバランス回路(数百mA程度の放電負荷)も
- 駆動可能です。
- インバータへの接続(主回路との連成): インバータの直流
- 入力端子にパワーアンプ出力を接続し、インバータが引き
- 込む「瞬時電流を高速に計測」し、FPGAのA/Dで読み取って
- 電池モデルへフィードバックします。このループにより、
- 「負荷電流に応じてリアルタイムに更新」されます。
- 過渡応答の再現性向上: HILSの応答遅れや帯域不足を補う
- ため、「十分高いサンプリング周波数」と高速アンプによる
- 応答が重要です。PHIL(Power HIL)の安定化手法(タイム
- ステップ補償や仮想ダンピング抵抗の導入など)も推奨
- されます。過充電・過放電など「異常時の挙動」も試験し、
- HILSとテスト対象間の「双方向のやり取り」を正確に設計・
- 調整します。
- 類似事例の研究・製品紹介:
- バッテリHILS製品例: 国内では「株式会社エー・アンド・
- デイ(A&D)のバッテリHILSシステム」が知られ、
- 「最大384直列セル、20bit分解能の多チャネル電圧出力」
- や「短絡(セルショート)や断線、ノイズ重畳」機能を
- 有します。OPAL-RT社はcomemso社のBCS
- Battery Cell Simulator)を用いたBMS HILソリュー
- ョンを提供し、「セル毎にセンス線補正付きの電圧出力」
- および「短絡・ケーブル断線・逆接続」などのフォルト
- 挿入機能を統合しています。NI社やdSPACE社も製品を
- 提供しています。
- 研究プロジェクト例: FPGA上で固定小数点化した
- リチウムイオン電池セルモデル(Debreceniら、2016)、
- EV向け「600A級」高出力バッテリエミュレータ
- (Yanら、2024)、MapleSimソフトウェアを活用した
- 大規模蓄電システム対応BMS-HIL(Maplesoft社と
- ControlWorks社)などが紹介されています。特に
- 「モデルベース開発手法」により、複雑なモデルの
- リアルタイム実行が可能になっています。
結論
本ソースは、SPICE等価モデルを活用した二次電池HILS構築のプロセス
を詳細に解説しています。適切なモデルの簡略化と変換、FPGAと
マイコンを組み合わせた高速実装、双方向の電力インターフェース、
およびBMSやインバータとの接続における安定化対策が、マイクロ秒
オーダーのリアルタイムHIL環境を実現するための鍵となります。
この技術により、「実バッテリを用いずに様々なシナリオを試験
できるHILSは、今後ますます複雑化する電動モビリティ開発に
おいて重要な役割を担う」と結論付けられています。